チップ・ミュージック、ポップ・ミュージック

音楽の年齢


 ポップ・ミュージックは若さを本質としているように思われる。現在進行形の劇場はまさに「代わる代わる」の短周期での交代、交替をやめない。記録として残された過去のポップ・ミュージックへアクセスすることは、儚い世代の生を顧みることになるだろう。ポップ・ミュージックにおいてヴィデオ、CDといった記録媒体は必然的に「形見」である。それも多くは楽しい「形見」だ。
 同時にポップ・ミュージックも私たちとともに年を刻むことは避けられない。つまり、それは必ずしも青春期に属さないし、「時代のあだばな」ばかりともかぎらない。多数のカタログに偉人として登録されたボブ・ディラン(あるいは別の音楽家)が、カタログの外側でこの時も活動をやめないことに、私たちはポップ・ミュージックにも年齢があることが、生き残りの側面があることに気づく。


ホーム・コンピュータ・ミュージック・リベレーション


 ホーム・コンピュータでは音楽制作のためのさまざまなソフトウェア、言語が開発されてきた。トラッカーやミュージック・エディター、MMLに代表される音楽言語は、アマチュアたるユーザーに作曲者となる権利を与える、リベレーションの役割を果たしてきたといえる。それらで作られた音楽の一種を、現在私たちはチップ・ミュージックないしチップチューンと呼ぶことがある――呼称はさておき、ホーム・コンピュータでのアマチュアによる音楽制作の伝統は、そのハードウェアごとのヴァリエーションと、固有の長さがある。
 ファミコンゲームボーイといった遊びのためのハードウェア、コンソールでは「解放(リベレーション)」が起こったのは比較的最近のことだ。私たちはコンソールでの制作物もチップ・ミュージックやチップチューンに分類する。10代のLSDjゲームボーイ用音楽制作ソフトの一種)使いが同じく10代のLSDj使いの音楽を聴くといった経験が新しいものである点に注意したい。ここには、またコミュニティの活動形態やディストリビューションの問題も絡んでくるだろう。
 ホーム・コンピュータに再び目を移すと、10代のアマチュア音楽制作者は確実に存在した。しかしその多くは隠れたままだったと想像する。日本の場合、インターネット環境が整備される以前の、ホーム・コンピュータでの同人音楽のコミュニティに関しては、調査を要するところだ。ただし、これだけは言える、それは海外よりは控えめであったと。


「シーン」


 私は1982年に発売されたコモドール64というホーム・コンピュータで制作された音楽(SIDと呼ばれる)を主な関心領域としているが、そこ――「シーン scene」――では10代(後半だけではないことを記憶してもらいたい)、20代のアマチュアによる音楽制作が活発であった。私たちはさまざまな理由を考えることができるが、音楽に限らないアマチュア表現者の発表の場であるパーティーと、パーティーでのコンペティションの結果や制作物の記録も含むディスク・マガジンという媒体が活発であったことは非常に大きい。ディスク・マガジンには特定のグループに属するアマチュア――むしろアマチュアとは呼ばず、彼らが専門職に就いているかいないかにかかわらず、シーナー scenerと一般的に呼ばれる/自称する――のインタヴューが掲載されていることも見過ごせない。ディスク・マガジンの制作状況は時代とともに後退してきているが、それらの「遺産」の多数はアーカイヴに登録されており、私たちは気軽にアクセスできる。この容易さ(執念に裏付けられた)は想像を絶するほどだ。
 また、シーナーたちは同じシーナーの音楽ばかりを聴いていたのではないと指摘しておこう。コモドール64の商業ソフトからリッピングされた音楽もまた、パーティで交換されていたのだ。


ポップ・ミュージック?


 チップ・ミュージックは新たなポップ・ミュージックか。ある面ではイエス。それは現在進行形の運動で、めまぐるしい世代交代がある一方、ホーム・コンピュータと同じ位の、20年以上のキャリアをもつ制作者もいるから。では従来のポップ・ミュージックとの差異だが、「形見」に相当するものがデジタル・データに偏っているという点だ。
 ポップ・ミュージックにおける一般聴衆のアクセス可能な記録媒体は時代とともに移り変わっていった。再生媒体もしかり。レコード、カセット、CD、高品位のCD、VHS、DVD、BD。形見というと、私たちはまずかけがえのない、一つだけのものと想像する。だが、ポップ・ミュージックの場合、それは古びてゆく、劣化するものだ。ところで私たちは、今音楽を、買うかリッピングを行うかをして、コンピュータの記録媒体にデータとして保管できる。
 チップ・ミュージックにもむろん、FDというかつては主流であった、劣化を宿命とする記録媒体があった(ある)。しかし制作物の圧倒的多数は合法的に、違法に、あるいはグレーゾーンの間で、デジタル・データとして蓄えられており、自前のコンピュータからアクセス可能だ。音楽制作されたホーム・コンピュータの絶対数は減少するが、デジタル・データは「生」のものとして保管されていく。
 またチップ・ミュージックもポップ・ミュージックと同じく、ライヴで演奏されることがある……こうやって見ていくと、チップ・ミュージックはやはりポップ・ミュージックと同定して良い気がするが、果たしてどうだろう? 期を改めて記述したい。
 半永久的な形見、それが鍵となるだろう。